与謝野晶子の「女性の自立と解放」のための名言が令和現代に刺さる

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与謝野晶子さんが1918年に起こった『母性保護論争』に際し、平塚らいてふ氏を批判して女性の経済的、精神的自立を大きく主張した言葉があります。

 

女性が男性国家に対して依存心を持たずに経済力を持つ気持ちを手放さないこと、それが子供たちを守り、女性たちの解放と幸福へ繋がる事にもなるということを強く伝えている名言について、今回はご紹介します。

◆女性解放と自立の思想を主張した与謝野晶子の言葉が、現代の女性にも刺さる名言となっている

 

与謝野晶子(よさの あきこ)
1878年-1942(享年62歳)

 

 

明治生まれの女性の歌人で、作家、思想家でもあった与謝野晶子さんは、若い頃には歌集『みだれ髪』でセンセーショナルな官能的表現を用いた歌を発表したことで有名です。

 

 

その当時の女性に強いられていた「女性らしさ」、つまり「慎ましやかで奥ゆかしくあること」やそれらに基づく既存の道徳観念という呪縛をぶっ壊しにいった作品でした(笑)

 

 

 

これは前回ご紹介した、岡本太郎さんともとても近い感性。

「既存の枠組みの破壊」「新しいしなやかな価値観の創造」といった芸術的、思想家的感性です。

 

芸術は爆発だ!(まさかの2度目w)

 

 

歌集『みだれ髪』では、妻帯者だった与謝野鉄幹さんとの不倫恋愛や、その後の略奪結婚までの情熱的で衝動的な感情が歌になっており、若さという宝のような時間を存分に満喫したような印象の与謝野晶子さんでした。

 

しかし、与謝野晶子さんはその後、次々と与謝野鉄幹さんとの間の子供を出産し、ろくに金銭も稼がずに他の女性との浮気を繰り返す夫を横目に、子供たちを育てるため働き続けます。

 

なんと実際に
出産した子供は13人!

 

 

そのうち、1人は亡くなり、1人は生活困窮のために他の家へ手放しますが、与謝野晶子さんはそのことに対して、とても大きな後悔をしています。そしてその後の子供たちのことは、どんなに貧しくても手元で懸命に育て上げます。

 

11人ワンオペで
金策に走る。

 

正直、想像を絶する状況です。

どこにもそんな記述はありませんが、この状況で、旦那・与謝野鉄幹さんのことを新婚時代と同じ熱量で愛し続けることは正直、きっと困難だっただろうと想像します。

 

そんな与謝野晶子さんの言葉で、私の心に強く残ったものをご紹介します。

 

婦人は如何なる場合にも、依頼主義を採ってはならないと思います。

―与謝野晶子

 

簡単に言うと、「女性は、自分以外の何かに依存しようという気持ちを持つな」という意味です。

 

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◆与謝野晶子と平塚らいてふとの『母性保護論争』にみる女性の権利や男女平等

 

1918年から1919年に、働く女性と子育てについての論争が起こります。これは歴史的には『母性保護論争』と呼ばれているものです。

 

女性の地位向上経済的地位の向上に関する、当時の女性たちによる討論であるわけですが、与謝野晶子さんの言葉や平塚らいてふさんの言葉の前に、

 

正直、議論が「令和現代と全く同じ地点にある」という衝撃に驚きます。

 

100年何やってたの
日本(;’∀’)

 

 

結局、この後の世界戦争で、女性の社会的な地位向上という議論は、あっという間にふりだしに戻ったのだろうということが分かります。

 

男女平等女性の権利なんていうものは戦争が始まって国が傾いたら一瞬にして崩れ去るものだということも、女性は何よりもまず知っておかなくてはなりません。

 

男女平等など、平和で成熟した社会にしか実現しない蜃気楼のようなもの。

 

 

◆平塚らいてふが唱えた「国家による保護」と与謝野晶子の主張した女性の真の自立

 

さて、平塚らいてふさんが1918年-1919年の『母性保護論争』で何を唱えていたかというと、「母性中心主義」といわれる、母子の「国家による保護」でした。

 

 

国家は母性を保護し、妊娠・出産・育児期の女性は国家によって保護されるべき
引用元:Wikipedia

 

現代の日本も、形式上は子供を持った女性やシングルマザーなどは国家による保護を受けています。この時代に与謝野晶子さんは、その主張を「奴隷道徳」「依頼主義」とバッサリ斬っているのです。

 

 

13人もの子供を出産し、ワンオペで11人の子供を困窮状態で育ててきていた与謝野晶子さんであれば、国家に手厚く保護してもらうことに対して賛成しそうなものです。

 

 

そこで発せられたのが、ご紹介した婦人は如何なる場合にも、依頼主義を採ってはならないと思います。」という言葉であり、もっと具体的になった言葉としてこんなものがありました。

 

婦人は、男子にも国家にも寄りかかるべきではない
―与謝野晶子

 

ここには「国家」だけでなく「男子」という言葉も登場しています。

 

 

◆もっとも確実に子供たちを守れる手段は、母親自身が経済的に自立して支えられること、それを手放してはならないという与謝野晶子の主張

 

この与謝野晶子さんの発言の背景には、与謝野晶子さんが当時背負っていた厳しい現実があったのだろうと感じます。

 

若い頃には生家を捨てて勘当状態で与謝野鉄幹さんの元へ、それこそ人生をかけて飛び込み、信じた愛のためなら批判も恐れず生きて行くと誓ったであろう与謝野晶子さんが居ました。

けれども、結婚後、信じた男は自分の子供たちが生きて行くためのお金も稼ごうとせず、他の女性との浮気も続く状態。

 


画像:婦人公論

 

どう考えても、ツラすぎる(涙)

 

でも、その厳しい現実は、与謝野晶子さんにある信念を芽生えさせました。自分さえ稼ぐことが出来れば、子供たちの未来を守っていくことが出来る、それが出来なければ子供たちは命を落としてしまうかもしれない。

 

 

子供たちの未来を私は背負っている。
稼がなければ。

 

 

国家の意志人の意思はどうにも変えることは出来ないけれど、自分の意志を支配しているのは自分自身。それ以上に信頼できるものがこの世界にあるだろうか。そういう思いだろうと思います。

 

 

与謝野晶子さんは男性や国家に依存をして、女性たちが本来持っているはずの稼ぐ力を手放すことが無いように、自身にとっても厳しい方の意見を主張したのだろうと思います。

 

人や国家は
いつ変わるか分からない

はしごを外された時に
子供たちを守れるのは母親だけ

 

与謝野晶子さんは絶望の中で、強くなる道を選んだのだなと感じる言葉でした。

 

いつだったか、美輪明宏さんも

 

「恋人なんて何もできなくても、彫刻のように綺麗であればそれでいい」というような発言をされていた記憶があるのですけれども、

 

自分さえ経済的自立を果たしていれば、保護をしてくれる、してくれないではなくて、本当に魂が望む相手と、ただそれだけのために人生を共にして添い遂げることも出来るのだろうと思います。

 

 

そして、そんな厳しい人生にさらされても、与謝野晶子さんが最期まで添い遂げたのは、与謝野鉄幹さんだったのでした。

 

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