1950年に生まれ、1999年まで無名のピアニストだったフジコ・ヘミングさん。今回は苦難の半生を支えてきた強さと、それでも自分の人生を愛し続けるためのルーツとなるような言葉について取り上げます。
◆フジコ・ヘミング「自分の心の神様を裏切らないで生きる」ことが与える強さの名言
フジコ・ヘミング(ふじこ へみんぐ)
1950年- (2020年70歳)
遅咲きのピアニストとして1999年、49歳の時に日本でブレイクしたフジコ・ヘミングさんは、ベルリンで生まれ、両親の離婚後は母の母国である日本で育ちました。
母親の厳しい指導によって幼少期からピアノに励んだフジコ・ヘミングさんの半生は無国籍状態があったり、ようやく実現したヨーロッパへの留学後は困窮を極め、生涯一度という大チャンスを直前に聴力を失ったことで逃したりと大変なものでした。
そんなフジコ・ヘミングさんの心を支え続け、想いとして宿ったのは、それでも自分の生きざまをずっと見続けている神さまは存在するという気持ちでした。
自分が恥をかかないように生きる。
フジコ・ヘミング
苦しい日々が続いても、その真っすぐな想いが強さとなって、フジコ・ヘミングさんの人間的な魅力を膨らまし、豊かさへと広がっていったようです。
◆フジコ・ヘミングさんの言葉にある強さの本質と魂の美しさ
フジコ・ヘミングさんは幼少期からピアノの演奏の才能を認められていながらも、いろいろな不運に会い、周りから認められるチャンス、名声やそれに伴う財産をつくるチャンスを多く失って40歳を超えてしまっていました。
普通の人なら、もう何もかも嫌になって、腐ってしまうかもしれないところを、それでも自分に与えられた人生を愛し、常に「あちらの世界」へ行く時の自分を想像して現生を真っすぐ生き続けてきました。
フジコ・ヘミングさんの言葉の中には、「現世でつけた力、例えばピアノを弾く能力なんかは持って行けるらしいのよ」というお話もありました。
人からの評価や、お金は「あちらの世界」へは持っていけないもの。ましてや神さまに顔向けできないようなことをして自分の内側を汚し、内側の神さまを裏切るようなことをすれば、私自身がいつか神さまの前に立つときに恥をかくことになる。
そんなことは、貧乏であることや認められない事以上に絶対にしたくない。そうした頑なな想いが、フジコ・ヘミングさんを真っすぐ魂のピアニストとして名が知れるまでの道へ導いたのだと感じます。
周りの人と比べたら、自分の人生は不幸だ、恵まれていないという思いになることも、人生には1度や2度、あるのかもしれませんが、
たとえ何もない人生だったとしても、自分には真っすぐに生きたという誇りがある。そんな勲章を胸に付けて、神さまとご対面したいという気持ちに私もなりました。
何者かになろうとしなくても
自分の想いと力で、
大きな勲章を得ることは出来るのだと思います。
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