ロックバンドブームの時代に乗って、ヴィジュアル系の人気バンド「筋肉少女帯」のボーカルとして人気を博した大槻ケンヂさんですが、近年かつて一世を風靡したラジオ番組「オールナイトニッポン」への回帰や筋肉少女帯30周年を超えてのライブ、ポケモンのネズさんに似ているなど話題が盛りだくさんとなっています。
今回は、大槻ケンヂさんのこれまでの髪型メイクの変遷を中心に追ってみました。その時代時代に「そっくり似ている」有名人芸能人も併せて指摘しています。
- ◆2019年 オーケンは『ポケットモンスターシールド』のねずさんの元ネタモデル?そっくり似ているビジュアルや髪型雰囲気がSNSで話題 画像
- ◆1980年代前半 「筋肉少女帯」インディーズ時代は黒髪逆立てヘアスタイル髪型+メガネ画像
- ◆1988年 大槻ケンヂメジャーデビュー時代にデビルマンメイク!これがひび割れメイクへ。悟空にもツンツン髪型ヘアスタイルがそっくり似てる
- ◆1980年代末 大槻ケンヂは黒髪+金髪ロン毛髪型とヒビ割れメイクへ突入。X-JAPANのhideより先に着手画像
- ◆1989年前後 3rdアルバム『猫のテブクロ』の頃、大槻ケンヂはウエーブロングヘアの髪型+太眉へ。
- ◆1998年 大槻ケンヂ「筋肉少女帯」活動休止、1999年オーケン脱退を期に髪型を坊主頭+眉毛カット+ヒビメイクアレンジ画像
- ◆2006年前後 大槻ケンヂはヘアスタイルをモヒカン髪型へ 「筋肉少女帯」復活
- ◆2013年 大槻ケンヂは音楽旅番組『日本のほほん化計画』散歩に合わないので「ひび割れメイク」なし+白髪染め髪型開始画像
- ◆2018年~ 大槻ケンヂは26年ぶりにラジオ番組『オールナイトニッポン』へ。TPOに合わせてグレイヘアの白髪髪型+ひび割れメイク(ライブのみ)メイクアップ方法公開へ画像
- ◆大槻ケンヂのヴィジュアルの時代変化~髪型とメイクの変遷まとめ 画像
◆2019年 オーケンは『ポケットモンスターシールド』のねずさんの元ネタモデル?そっくり似ているビジュアルや髪型雰囲気がSNSで話題 画像
2019年、オーケンこと大槻ケンヂさんがねずさんにそっくり!という話題がSNS上のあちこちで見られるようになりました。
ねずさん??
ねずさん??
大槻ケンヂさんが元ネタとまで言われるねずさんとはこちらでした。『ポケットモンスターシールド』のねずさん。
おおお。
似ている〜 カッコイイ
ネズさんのセリフやサインなどにもたくさん共通項があって…
引用元:twitter
外観だけでなく、どうやら色々な部分で大槻ケンヂさんと共通項がある印象を持っているらしい「ねずさん」です。
どうやら、その噂や「そっくり」の声はご本人である大槻ケンヂさんの元にも届いていたようです。筋肉少女帯のライブでもその話題がMCで出てきたという話がありました。
先日行ってきた筋少ライブでオーケンさんがこの件について「森に住んでいた頃のエゴイスティックな美少年の僕と似ている」と触れるMCがあって ただポケモンについてはあまり詳しくないらしく「あれもモンスターなの?」とか言っていたのが面白かった
引用元:twitter
確かにそっくり!
ここからは現在に至るまでに時代と共に変化していった大槻ケンヂさんの髪型やメイクの移り変わりを見ていきたいと思います。
◆1980年代前半 「筋肉少女帯」インディーズ時代は黒髪逆立てヘアスタイル髪型+メガネ画像
最初に、1982年にロックバンド「筋肉少女帯」「空手バカボン」がナゴムレコードからインディーズデビューを果たした頃の大槻ケンヂさんです。
◆大槻ケンヂとタレントのコロッケの顔と髪型、メガネが似てる?そっくり?
インディーズデビュー当時大槻ケンヂさんはまだ16歳で高校生でしたが、黒髪にメガネというスタイルが定番だったようです。
大槻ケンヂさんの「バンドに人気が出るまでは全くモテなかった」というエピソードがひしひし伝わってくるマニアックな印象です(笑)
この頃の大槻ケンヂさんは、ちょっとものまねタレントのコロッケさんにどこか似ています。
◆1988年 大槻ケンヂメジャーデビュー時代にデビルマンメイク!これがひび割れメイクへ。悟空にもツンツン髪型ヘアスタイルがそっくり似てる
1988年の「筋肉少女帯」メジャーデビュー前後になると大槻ケンヂさんの髪型も洗練され(?)逆立った黒髪に精度が出てきており、ビジュアル系ロックバンドっぽい雰囲気が漂ってきます。
黒髪の逆立て方にエネルギーの熱量の大きさを感じます。
悟空っぽいけどねw
また、初期には大槻ケンヂさんの両目の下に黒い縦ラインのメイクが突如現れます。デビューアルバムである『仏陀L』がリリースされる頃、大槻ケンヂさんは小さいころから好きだった漫画『デビルマン』のマネをしてメイクを入れ始めたのだそうです。
メイクのルーツは
デビルマン!
◆1980年代末 大槻ケンヂは黒髪+金髪ロン毛髪型とヒビ割れメイクへ突入。X-JAPANのhideより先に着手画像
漫画『デビルマン』からスタートした大槻ケンヂさんの顔面メイクでしたが、そのメイクを繰り返すうちに手振れで「ヒビ」のようになってしまった事から、「ヒビ」を定番化し、基本メイクに採用したと言われています。
ヒビへの発展は
手振れ!(笑)
初期の写真を見ると、大槻ケンヂさんの顔面のヒビの入り方も、その後さらに洗練された形として定番化する形状とは異なり、試行錯誤していた様子が伺えます。
ヒビ模索時代。
そして、デビルマン時代には両目の下に対して施していたメイクでしたが、「ヒビ割れメイク」へ移行した後は、大槻ケンヂさんの顔面のうち、左側にだけヒビを入れていくというスタイルになっています。時間と共に、そのラインも徐々に美しくシャープなものとなっていきます。
顔面のうち、左側にだけヒビを入れていくというスタイルについては、この当時に髪を伸ばし始めた大槻ケンヂさんが、金髪のある右サイドへ左サイドの黒髪を寄せることが多くなったことで、影響したものではないかと思われます。
髪は
ツートーンw
この「ヒビ割れメイク」に対してあるエピソードとしては、「自分が最初」と大槻ケンヂさんが強調する話があるというものです。
調べていくと、後にX-JAPANのhideさんもしていたようで、「X-JAPANのhideさんより先にしていたのは自分だ」という主張を強くして譲らなかったというお話があります。
ほんとだw「ヒビ割れメイク」。このメイクの開発は俺だ!というこだわりからも、大槻ケンヂさんがとても大事にしていると思われる「ヒビ割れメイク」なのでした。
◆1989年前後 3rdアルバム『猫のテブクロ』の頃、大槻ケンヂはウエーブロングヘアの髪型+太眉へ。
「筋肉少女帯」3rdアルバムの『猫のテブクロ』がリリースされた1989年頃になると、大槻ケンヂさんのヘアスタイルがウェービーになっています。だいぶ眉毛も濃い目。
この頃にBUCK-TICKの『悪の華』をかなりシニカルにカバーしている姿がyoutube動画で残っています。その時にはそれらしくするためか、かなりハードなアイメイクを施しています。
画像:youtube
筋肉少女帯の大槻ケンヂ氏がVo.を勤め、ミスチルやジュンスカのメンバーでトイズファクトリーのイベントにてBUCK-TICKの「悪の華」のカバーをしています。 オオケンのグダグダっぷりが面白すぎですwww
画像:youtube
実際にこの時代における大槻ケンヂさんの活動や、性格、その周辺の特有の温度感を知らないので、私にはよく分からないですが、このBUCK-TICKの「悪の華」の件以外にも、真っすぐ突き進む者たちを嘲笑するニヒルなイメージに対して大槻ケンヂさんが「カッコよさ」を感じている印象を覚え、ちょっと「モノづくり」に関わってきた私にはこの辺の感性に耐えられないものがあります。
趣味悪いなというか。
ラジオ番組『オールナイトニッポン』も大人気。
でも、あるいはその時代にはそれらは「ユーモア」として許されたのかもしれず、正直、私の認識不足かも分かりません。これが分かるのはこの時代におけるこの辺の空気感を肌感で分かっている方に頼るしかなさそうです。
1990年『サボンテンとバントライン』
一方で若い時代の「男の子の葛藤」というものはそういうものなのかもしれないと思ったりもして、そういう意味では「純粋を嘲笑したいというエゴが働く純粋性」みたいなものをここに感じたりもします。
◆1994年 9thアルバム『レティクル座妄想』キリン『POST WATER(ポストウォーター)』CMの頃は大槻ケンヂの髪型はロン毛ウェーブ+メッシュ入りのヘアスタイル 画像
また、この頃になるとバンド「筋肉少女帯」の広告塔としての芸能活動も盛んになり、大槻ケンヂさんはテレビやメディアへの露出がとても多くなり、一般人にも認知されるほどの活躍をします。
私が認識している大槻ケンヂさんの雰囲気もこの辺りのイメージが強い気がします。この時期はウェーブの中にメッシュが入ってくる髪型だったようです。
◆大槻ケンヂとIZAMの顔やメイク、髪型が似てる?そっくり?画像
画像:twitter
この頃は同じくビジュアル系歌手のIZAMさんに影響を与えている印象です。
画像:エルペディア
この方も超スピード離婚となったとはいえ、1999年全盛期の吉川ひなのさんと結婚できてしまったほど、この当時のビジュアル系ロックバンドというのは女性に大人気だったようです。
そして
ポストウォーター!
ありましたね!存在自体を今日の日まで忘れてしまっていました。
●「アクエリアス」→日本コカ・コーラ社
どうやら、三つ巴でキリンの「ポストウォーター」は敗退していたようです。その後台頭してきたのはサントリーでした。
しかし!大槻ケンヂさんの地元中野に本社を移したキリンは現在、ここへまた激アツな戦いを挑んでいました。出てきたのは熱中症の救世主「ソルティーライチ」!
画像:KIRIN
まだまだ勝負は
終っていない。
◆1998年 大槻ケンヂ「筋肉少女帯」活動休止、1999年オーケン脱退を期に髪型を坊主頭+眉毛カット+ヒビメイクアレンジ画像
さて、話を戻して、そういうわけでメディア露出が多くなったことにより、名前の認知度も上がりCMの仕事まで舞い込んでくるという状況で、大槻ケンヂさんを取り囲む状況は一変し、一躍「有名芸能人」になってしまいます。
そうした状況下での前述のBUCK-TICKの「悪の華」の件のような想像力と慈愛に欠ける若さゆえの衝動が問題になったのかどうかは分かりませんが、大槻ケンヂさんは栄光を手にした一方で徐々に周辺の人々との調和バランスが崩していきます。
そのうちに
バンドブームが終焉。
1995年には大槻ケンヂさんはソロデビューを開始、1998年には「筋肉少女帯」の所属していた事務所の経営破綻します。
1998年にはメンバーのモチベーション低下などによる「筋肉少女帯」の活動休止、その後大槻ケンヂさんの発言によって一部ファンから「大槻の独断によるメンバー橘高外し」という反発と炎上から、人格攻撃に及ぶまでに至るほどの収集できない問題へと発展してしまうという事態が起こります。
大槻ケンヂさんはその件も含める人間関係の問題に精神を疲弊し、「筋肉少女帯」を脱退することとなりました。(後に復帰)
自身が10代の頃から育ててきた「筋肉少女帯」を脱退したころ、大槻ケンヂさんは長髪のウェーブヘアを全て剃り上げて坊主頭へと転身しています。左眉に一部カットも入り、「ヒビ割れメイク」は血の涙のようになっています。
なにか、
栄光を手にして
失ったものを改めて
感じる時間だったのかもしれません。
2002年に発売している大槻ケンヂさんのセルフカバーアルバム『対自核-自己カヴァー』でもお坊さんのようなヘアスタイルと外観になっています。
2002年『対自核-自己カヴァー』
余談ですが、大槻ケンヂさんの後頭部がやたらきれいな事にびっくりします。どこかで愛情を強く欲する枯渇感のようなものを感じさせる大槻ケンヂさんですが、次男なのにこれだけ頭のカタチがいいというのは、お母さんがずっとおぶって育てたからではないかと感じます。(ちなみに私はほぼ絶壁ですw)
◆2006年前後 大槻ケンヂはヘアスタイルをモヒカン髪型へ 「筋肉少女帯」復活
その後、大槻ケンヂさんは2006年前後を境にヘアスタイルをモヒカンへ転向されています。それ以前には帽子をかぶっていることが多かったため、厳密にいつからという事は分からないのですが、2006年7月2日の大槻ケンヂさん公式ブログ(旧livedoorブログ)上でこの状態です。
ライブドアブログというところに時代を感じます。
◆大槻ケンヂとタレント・はなわの顔と髪型が似てる?そっくり?画像
坊主から開始したとして、伸びている長さから考えると、少なくともこの時点よりも半年ほどは前から大槻ケンヂさんのモヒカン育成は開始していたとみられるため、ちょうど2006年元旦スタート位かもしれません。
こうしてみると、この頃はタレントのはなわさんにも似ています。
なお、2006年12月には大槻ケンヂさんはこのような日記を綴っています。
そう、
2006年12月
筋肉少女帯は
8年ぶりの復活を果たしています。
大槻ケンヂさんの中では「筋肉少女帯」の復活に合わせてモヒカンにしたという意味もあったのかもしれません
◆2013年 大槻ケンヂは音楽旅番組『日本のほほん化計画』散歩に合わないので「ひび割れメイク」なし+白髪染め髪型開始画像
2013年12月「ひび割れがない」という事で大槻ケンヂさんの写真が話題となります。そこには理由もあったようで、10月にスタートした出演番組であるTwellV(BS12)『大槻ケンヂの日本のほほん化計画』が音楽散歩番組という内容だったためだという事です。
優し気な顔へ。
2015年5月まで放送された音楽旅番組『大槻ケンヂの日本のほほん化計画』は、大槻ケンヂさんが毎回ミュージシャンを招き、一緒にゆかりの地を散歩するという内容でした。
◆大槻ケンヂと片岡愛之助の顔が似てる?そっくり?画像
散歩とヒビ割れメイクが
調和しない問題w
ちょっとこの時期の大槻ケンヂさんは片岡愛之助さんにも似てきました。
似てるよね??
ひび割れメイクを施さずに出演した理由としては「散歩」という健康的な印象の活動と、「ひび割れメイク」というアングラ感が調和しにくいという問題と、単にメイクが面倒だからという理由だったようです。
視聴者からも即
指摘される。
散歩番組で(ひびを)入れるのも違和感あるし、正直面倒くさい。先日番組をみたファンの人から、『全くオーラがないですね』と言われてうれしかったです
引用元:サンスポ
全くオーラないw
大槻ケンヂさんのオーラは「ヒビ割れメイク」に集約されていたらしく、そのオーラのない人の番組になってしまったからか、『大槻ケンヂの日本のほほん化計画』は2015年5月までの約1年半で終了してしまったようです。
◆大槻ケンヂと「ヨン様」ことペ・ヨンジュンの顔と髪型、メガネが似てる?そっくり?画像
この頃の大槻ケンヂさんの髪の毛を見てみると、地肌の近くが白くなり、白髪染めを施している様子が分かってきます。
これだけ見ると
だいぶ印象が変わってしまった雰囲気。大槻ケンヂさんがペ・ヨンジュンさんのようになってきています。
ヨン様風へ?
◆2018年~ 大槻ケンヂは26年ぶりにラジオ番組『オールナイトニッポン』へ。TPOに合わせてグレイヘアの白髪髪型+ひび割れメイク(ライブのみ)メイクアップ方法公開へ画像
2018年、大槻ケンヂさんは26年ぶりに喝て旋風を巻き起こしたラジオ番組『オールナイトニッポン』へ回帰。
このニュースに添えられた大槻ケンヂさんの写真には立派な「ヒビ割れメイク」が施されていました。本心ではもう「ひび割れメイク」はやめたい気持ちもこぼしていましたが、ファンの気持ちにこたえるにはこの「ひび割れメイク」が一つの大事な要素となっているようです。
◆大槻ケンヂが「ひび割れメイク」のやり方、メイクアップ方法を伝授 動画
大槻ケンヂさんは2019年前後から、メイク中に「ひび割れトーク」をyoutube配信を開始しています。
リキッドタイプのアイライナーを使って大槻ケンヂさんが馴れた手つきでラインを引いています。「筋肉少女帯」ライブ様だという事なので、おそらくウォータープルーフなのでしょう。ラインを書いた後にメイクさんが手直しする場合もあるようです。
30年以上ヒビを入れているらしい!
その中で、大槻ケンヂさんは衝撃的な発表をしています。
これに
何の意味があるんでしょうね。
爆
なかなか自然体が素敵なことになってきた大槻ケンヂさんです。
◆大槻ケンヂのヴィジュアルの時代変化~髪型とメイクの変遷まとめ 画像
大槻ケンヂさんというと、「ひび割れメイク」がトレードマークという印象ですが、現在までに30年以上入れているというその「ひび割れメイク」も最初からあったわけではなかったことが今回分かりました。
『ボーン・イン・うぐいす谷』MV
インディーズ時代から今現在に至るまでの間に大槻ケンヂさんのヴィジュアルはその精神性と共に、大きな変化を遂げてきています。
写真を並べてみると圧巻!
これからも迷える若者とUFOの為に益々のご活躍をお祈りいたします。
コメント
当時BUCK-TICKチャカしてたのは、そこまで大層な話じゃなくて
モテに対する非モテの恨み、みたいな感じだったと思うよ
当時のBUCK-TICKファンてVo.櫻井の顔ファン主体にしたギャル多かったから
筋少ってそこまでシニカルなスタンスじゃなく
若い頃のイケてない時代をバックボーンにした「トホホ」な雰囲気で売ってた印象
とはいえまあ筋少もサブカル女子ファン入れ食いだったはずだけどね