沖縄(琉球)歴史文化が面白い!世界遺産オススメ観光地~食文化宮廷料理

旅行

日本の南国沖縄は大人気の観光地ですが、実は冬~4月に例年価格が下落し、お得に行けて、かつ安定した天候に恵まれやすいシーズンでもあります。

GWや夏季、年末年始がググっと価格が高騰してしまいなかなか家族では行きづらい、台風直撃で高かったのにどこにも行けない!なんてこともあるらしい沖縄ですが、冬~春であればへたすると近隣の温泉地への旅行よりも安く行けてしまいます。(春休みを除く)

しかも、凍てつく冬なのに気温が高い!となれば寒がり屋の貴女にはもってこいのスポット♡せっかく行くなら、沖縄文化に触れて、神様を感じて生命力ギラギラに!ということで、今回は沖縄文化にスポットを当てて歴史文化や食、オススメ世界遺産観光スポットなど魅力をご紹介したいと思います♪

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◆琉球出身の文化人・平良とみさんの笑顔を目に浮かべつつ朝崎郁恵さんの「十九の春」を聴いて那覇到着だ!

 

めんそーれー!(いらっしゃいませ)

 

沖縄出身の文化人と言えば、私の中では故平良とみさんです。日本人が「沖縄のおばあ」を想像したときにこの方以上の存在感がある女優さんはあまりいないんじゃないかな?と思うのですがどうでしょうか?沖縄県那覇市のご出身です。

 

画像:https://matome.naver.jp/odai/2144939757734933501

 

1999年の『ナビイの恋』で一躍有名になった平良とみさんは2001年にはNHK朝ドラ『ちゅらさん』国仲涼子さん演じるヒロイン役の沖縄の家のおばあ役で日本中に知られることになります。あったかい気持ちがテレビからも伝わってくる、とても魅力的で美しい女性でした。

 

 

画像:沖縄タイムズ

 

残念ながら、平良とみさん2015年12月に87歳で亡くなられています。しかし、平良とみさんの独特のあったかいおばあの声にそっくりの歌手の方がいらっしゃいます。

 

 

朝崎郁恵さん!

 

 

画像:http://www.moonromantic.com/?p=28337

 

私の主観ですが、平野とみさんととっても声が似ていらっしゃるので、朝倉郁恵さんの歌声を聴くと、同時に平良とみさんのあったかい笑顔や沖縄の風景も同時に思い出すことができます。

 

 

朝崎郁恵さん自身は奄美生まれで、2019年には84歳になられます!

とにかく朝崎郁恵さんの歌う、沖縄民謡歌『十九の春』が本当に素晴らしい!!

 

女性のはかなさや美しさや愛情、物悲しさ、そして豊かさが詰まった1曲だなと言うところで…

 

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是非、コレを聴きながら沖縄入りしてください(笑)

 

「十九の春」

作詞・作曲 沖縄属民謡歌

 

私があなたに ほれたのは
ちょうど十九の 春でした
今さら離縁と 言うならば
もとの十九に しておくれ

 

みすて心が あるならば
早くお知らせ 下さいね
年も若く あるうちに
思い残すな 明日の花

 

主さん主さんと 呼んだとて
主さんにゃ 立派な方がある
いくら主さんと 呼んだとて
一生忘れぬ 片思い

 

奥山住まいの ウグイスは
梅の小枝で 昼寝して
春が来るよな 夢を見て
ホケキョホケキョと 鳴いていた

(2番4番 省略)

 

 

朝崎郁恵さんの歌う「十九の春」は元々の沖縄民謡の歌詞とは一部違うようです。テーマが沖縄の「大人の恋」なので、若すぎると悲壮感しかないかもしれません(笑)

 

 

年も若く あるうちに
思い残すな 明日の花。

 

 

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沖縄では沖縄県の人を「うちなーんちゅ」、沖縄県以外の人を「ないちゃー」と言うそうです。外国語のようですね。

 

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◆沖縄文化の特徴・琉球文化圏の成立の経緯

 

沖縄の前身である琉球王国(当時の名称は琉球國は1429年から1879年までの450年間にわたり、琉球諸島を中心に栄えた王国だそうです。

 

最盛期には奄美群島沖縄諸島及び先島諸島までを統治した。この範囲の島々の総称として、琉球列島(琉球弧)ともいう。

 

最初は各地域、別々に栄えた文化だったようですね。

 

 

そして、平安時代頃から各地域が交流し始めたようです。

 

南西諸島がひとつの「琉球文化圏」として形作られはじめるのは10~12世紀頃から。日本でいえば平安時代に当たります。

それまでの南西諸島は「奄美・沖縄文化圏「先島文化圏」に分かれて両者の交流は全くと言っていいほどなく、長く漁労採集の時代が続いていました(貝塚時代)。

 

 

ヤマトからも多く人が流入するようになったようなのですが、その時、地元民を倭寇(津島海賊)のように征服したのではなく、長い時間をかけて現地の人々と同化したという情報があります。元々ある内部世界の主導によって変化していったようです。ここがもともと「和」の心がある日本人らしいところかなと感じます。

 

 

ヤマトからの渡来者はウチナー(沖縄の人々)の社会に同化しながら、南西諸島に新しい社会・文化を生み出していったという経緯のようです。

 

12世紀から15世紀にかけてのグスク時代をむかえると、琉球弧全体が一つの文化圏としてまとまりをみせはじめ、琉球王国の形成へと向かいます。その背景には、沖縄を取り巻く東アジア世界の大きな変動がありました。

 14世紀には、現在の中国が東アジアの中心的役割をになう新秩序が形成され、日本をふくむ周辺諸国と交易をおこなうようになりました。沖縄近海をふくむ東シナ海は、多くの船が出入りする交易の場となり、琉球列島は商人たちが行き交う中継地点としてにぎわいました。

 

 

各国との交易が進むことで人も文化も流入し、農耕も発達したようです。

 

 

周辺各国との交易によって繁栄し、影響を受けた琉球文化です。

 

◆沖縄(琉球)の歴史年表ざっとまとめ

 

沖縄の歴史についてポイントを見ていきたいと思います。

 

<先史時代~三山時代>

753年 鑑真を乗せた遣唐使船が阿児奈波(あこなは、現在の沖縄本島)に漂着。

1187年頃 舜天が即位したといわれている。中山(浦添城)

1370年 – 1380年代 北山、中山、南山の各王が相次ぎ明に朝貢する。後に冊封を受け、進貢貿易開始。なお、年次は諸説あり定まらない。

1406年(永楽4年) 尚巴志、中山の都を浦添から首里に移す。尚思紹が中山王に即位する。第一尚氏王統開始。

1414年 中山王、室町幕府に遣使する。

 

 

遣唐使を送るときに奄美周辺を経由して向かうルートは長安へ向かう為の主要ルートのひとつでした。

 

 

 

 

周辺諸国との交易が盛んになり、農耕が発展し、琉球王国が誕生します。

 

 

琉球王国時代

1470年(成化6年) 尚徳王の家臣の金丸(尚円王)が即位する。第二尚氏王統開始。

1609年 薩摩藩の侵攻を受け、支配下に入る(→琉球侵攻

1631年 薩摩藩が琉球在番奉行を置く。

1851年 ジョン万次郎が来琉。

1853年 アメリカ海軍のペリー提督が来航する。翌年琉米修好条約に調印。

1855年 フランス帝国のニコラ・ゲランが来航。琉仏修好条約に調印。

1857年 オランダ王国と琉蘭修好条約に調印。

1872年(明治5年) 日本政府が琉球藩を設置(琉球処分)、尚泰王を「琉球藩王」に封ずる。

 

 

薩摩の島津氏と言うと、「篤姫」を思い出すのですが…

篤姫が薩摩藩主の島津斉彬の養女となったのは1853年のことです。

 

 

画像:NHKオンデマンド

 

 

1609年の薩摩藩による侵略は琉球史料では「己酉の乱」と称されていたそうです。当時の薩摩藩島津氏の侵略に及んだ軍事的意図は、琉球からの奄美奪取にも重きを置いていたようです。

 

 

それだけこのエリアの地理的価値が昔から高かったということで、たびたび戦いに巻き込まれるエリアでもあります。

 

 

<琉球処分後>

1879年(明治12年) 廃藩置県により、琉球藩は廃止され尚泰は東京に連行、その後沖縄県が設置。これにより正式に琉球王国は消滅する

1881年(明治14年) 上杉茂憲沖縄県令着任。教育普及、人材育成、技術改良、人身売買禁令など旧弊の改革に着手。1883年(明治16年)県令解任の際、金壱千五百圓の私財を奨学資金として県に寄付。

1886年(明治19年) 県下で義務教育令施行。

1892年(明治25年) 奈良原繁、沖縄県知事( – 1908年(明治41年))に着任。中村十作、宮古で真珠養殖事業を興す。

1894年(明治27年) 日清戦争開戦( – 1895年)。

1904年(明治37年) 沖縄明治大干魃(「ナナチチヒャーイ」)。日露戦争下であったが明治天皇より下賜金二千五百圓(当時)と救済食糧を受賜。

1909年(明治42年) 沖縄県議会設置。

1921年(大正10年) 皇太子裕仁親王、訪欧の途中首里、那覇に立ち寄り、最初で最後の訪沖となる。

 

 

琉球王国が消滅し、沖縄県が誕生するも、ここからのたび重なる戦争に巻き込まれ、大変な歴史を背負うことになります。

                                                                                   

<戦後アメリカ統治時代

1945年(昭和20年) 沖縄戦。首里城焼失。全島がアメリカ軍の占領下に置かれる。9月20日、沖縄本島の収容所で行われた市会議員選挙で、女性参政権が認められ選挙が行われた。

1952年(昭和27年) 琉球政府が設置される。

1965年(昭和40年) 佐藤栄作首相沖縄訪問。

1970年(昭和45年) 沖縄復帰を見込み、日本国政参加選挙実施。コザ暴動が起こる。

 

 

沖縄が本土復帰を果たしたのが1972年ということで、かなり最近の出来事なのだなあ、と改めて驚きます。

 

画像:https://r-ijin.com/satou-eisaku/

 

沖縄を、日本に返還させた佐藤栄作元首相非核三原則を制定した人でもあります。また、「敬老の日」「体育の日」「建国記念の日」をつくったのもこの方だそうですよ。

 

 

<本土復帰~現在>

1972年(昭和47年)5月15日 日本に復帰する。(→沖縄返還

2000年(平成12年) 九州・沖縄サミットが開かれる。首里城、グスク(今帰仁・座喜味・勝連・中城)、玉陵、識名園、斎場御嶽など「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に登録される。

 

このようにたくさんの支配に遭いながらも、土地の人々の温かみや逞しい人間力がある沖縄に触れるととても感慨深いものがありますね。

 

 

沖縄独特のゆったりとした県民性を表したような言葉と思われている「なんくるないさ」は、「大丈夫、なんとかなるさ〜」と訳されることが多いですが、そうしたゆるいニュアンスではなく、本来は「人事を尽くして天命を待つ」に相当するような「人として正しい行いをしていれば、どうにかなるさ」という深くて強い意味合いなので、簡単に使うようなものではないのだとか。

 

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◆沖縄(琉球)の食文化はどこの国から歴史的影響がある?

 

やっぱり文化の基本はメシだよね、ってことで。

 

 

沖縄琉球王朝(りゅうきゅう)の時代から、中国、東南アジア、朝鮮(ちょうせん)、日本本土と交流があったため、食文化も各国、各地域の影響を受け、現在でもそれが残っています。特に影響力があったのは中国の文化だったようです。

 

つまり、中華料理+日本料理+東南アジアの影響

 

「琉球料理」は大きく分けて、首里城内で王様や中国からの来賓が食べる食事である「宮廷料理」と一般の民衆が食べていた「庶民料理」に二分されるそうです。

 

◆沖縄(琉球)の食文化①琉球王国時代からの「宮廷料理」

 

うさがみそーれー!(召し上がれ)

 

宮廷料理はこんな感じ

↓ ↓ ↓

 

宮廷料理と言うだけあって、器や盛り付け、食材の色彩の見栄えが華やかなですね。それだけ、琉球王国が隆盛を誇った時代があったという事を時代を超え、現代の私たちにも、食文化が偲ばせてくれます。

 

沖縄ではブタ肉中心の料理が発達しています。

「ブタに始まりブタに終わると言われる」ほどに、捨てるところがない位にブタを使い尽くすのが琉球料理です。

 

宮廷料理の中でも、今日まで一般市民の間で、英々と継承されている豚肉料理の中では、ミミガーの和え物・豚の角煮・豚汁の吸い物・豆腐よう(豆腐を発酵させて作るチーズのような美味)などが挙げられる。

日本本土からは天ぷら・蒲鉾・山芋・椎茸料理などが琉球王国に入ってきたそうです。天ぷらにはこんな話も…

 

“天婦羅”の起源は諸説ある中で、元々中国で肉を用いていたものが、15~16世紀に琉球へ入ってから、野菜・豆類が混ぜられたらしい。

 

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沖縄の料理らしい転換に思えますね。

 

◆沖縄(琉球)の食文化①「琉球庶民料理」

 

くわっちーさびら(いただきます)

 

宮廷料理に比べ、貧しかった一般庶民の間で広がったのが琉球庶民料理です。庶民料理質素ながら、無駄なく栄養価が整えられた自然の知恵が詰まった料理として知られています。

 

 

沖縄では古くから食べ物のことを方言で「クスイムン」とか「ヌチグスイ」というそうなのですが、これは「薬」「命の薬」を意味する言葉で、いずれも「食事は病気を直す」という考え方に基づいているのだそうです。

 

●沖縄(琉球)料理に欠かせない「ブタ肉」の料理と昆布

 

ブタ肉料理宮廷料理を中心に発達しましたが、現在では沖縄料理として広く一般に発展しています。

 

 

 

 

昆布は、沖縄の黒砂糖と取引されて北海道から入った!

 

琉球料理に欠かせない昆布は、実は沖縄では全くとれません。18世紀、黒砂糖と引きかえに、北海道から入ってくるようになったのが始まりなのです。

昆布はカルシウムなどのほか、たくさんの栄養のもとをもったすばらしい食品です。ブタをよく使う琉球料理では、栄養のバランスを取るためにも必要なもので、昆布とブタは理想的な組み合わせだといわれています。

 

ミミガー料理も大人気ですね

 

 

メー専務
メー専務

那覇の市場にはブタの顔面真空パックが売っていたりします!

 

●「豆腐の島」沖縄(琉球)の食文化・本土でも大人気チャンプルー

 

沖縄県は、別名「豆ふの島」と言われています!その位、食生活欠かせない食材が沖縄「豆腐」です。

 

 

島豆腐でか!

 

本土のものより数倍も大きく、沖縄の豆ふは、生で食べるほか、チャンプルー(いため物)やあげ物など、いろいろな料理で使われる人気者です。

 

私はじーまみー豆腐も好きです♡

 

 

 

 

沖縄豆腐と野菜をの炒め物を総称して「チャンプルー」と言います。使う野菜によって、〇〇チャンプルー等、呼び名が変わります。

 

 

夏はかなり寒い地域でなければ、ゴーヤをご家庭で育てられます♪我が家(東京:2018年最高気温約40度の灼熱)ですら毎年大収穫できるほど簡単に育てられますよ♡栄養価も抜群!子供も昔は苦くてキライと言っていましたが、今では取り合い(笑)!

 

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●沖縄(琉球)の海ぶどうは本土ではなかなか食べられない高級品!!

 

とにかく、少なくとも東京では海ぶどうは激高の高級食材です。沖縄料理店に入っても、通常はちょっとしか食べられません(笑)。おそらく輸送コストの問題もあるのでしょうが、基本的に海ぶどうは低温に弱いため、常温での保存になることも関係するのかもしれません。

 

 

プチプチ感とポン酢がたまらないおいしさなのですが、ここにも海ぶどうトラップがあり、先に調味液をかけてしまったりすると、浸透圧作用でプチプチとした食感をもたらす粒状の部分がしぼんでゲッソリな惨状になってしまいます!ですので、食べる毎につけるのが吉!

 

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わたし、やりましたw

 

つい、お土産で買って帰ると冷蔵庫に入れたくなる外観ではあるのですが(笑)、冷蔵庫で保存するとこれまた萎んでしまうので、「常温で保存」。3-4日間は問題なく保存できるそうです。

 

●沖縄(琉球)そば・ソーキそばの違いを知っておこう!

 

これがベーシック沖縄そば。

基本具材は…

①三枚肉

②紅しょうが

③かまぼこ

④小麦麺

⑤だし

⑥島ねぎ

 

「そば」といっても「沖縄そば」は、小麦粉で作られた麺(めん)を使った、どちらかというと「うどん」に近いものです。子どもからお年よりまで大好きな、一番親しまれている「沖縄料理」ともいえるでしょう。豚や鶏のほね、カツオ節などからダシをとったスープは、意外にさっぱりとしています。

 

これが沖縄そばソーキが乗った

ソーキそば

 

 

そうです。ソーキそば沖縄そばの一種で上のトッピングが違うだけです(笑)らーめんとチャーシュー麺みたいなもの、とどなたかがおっしゃっていましたが、分かりやすい表現ですね。

 

 

印象的には煮豚うどんみたいな感じですね(笑)この麺をみると、アジアの麺文化も思い出したりもしますし、煮豚を見ると中国の感じもするのですが、「紅ショウガ」と「ネギ」が圧倒的に日本!という印象(笑)。何だか、九州ラーメンにも似てますし、だしは西日本のうどんを感じさせたりもします。

 

ソーキというのは豚のあばら肉の部分を、
じっくり煮込んだものです。

 

琉球王国の各国との文化交流を総合した食がここにあるような気がしますね!

 

メ―専務
メ―専務

くわっちーさびたん♡(ごちそうさまでした)

 

◆沖縄の建物の守り神「シーサー」は琉球文化の愛されキャラクター!

 

沖縄に到着するとあらゆるところでお見掛けする守り神「シーサー」ですが、沖縄だけでなく、日本国内にある神社の狛犬や、横浜中華街にもお店の玄関先にごろごろいて、中華文化にも関係がある印象ですよね。何か同じルーツなんじゃないかしら??と調べてみますと…。

 

 

やっぱり、シーサーは各国で守り神だった!

 

名前は「獅子(しし)」(元はサンスクリット語のライオン、シンハー)を沖縄語で発音したものである

スフィンクス中国の石獅、日本本土の狛犬などと同じく、源流は古代オリエントのライオンと伝えられている。中国南部や台湾には風獅爺、風獅と呼ばれる石造の獅子を風除けの守りとして設置する風習があり、これらがシーサーと訳されることがある

 

スフィンクスとルーツが一緒!?

 

 

 

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沖縄のシーサーも、神社の狛犬も、銀座アスターの獅子も同じルーツだと思うと何だか感動しますねw

 

『球陽』によれば、始まりは1689年のことで、当時火事が頻発して難儀していた人々が風水師に助言を求めたところ、その風水師八重瀬岳の影響によるものといい、

これを防ぐには獅子の像をつくりその山に向けて設置するようにと助言した。住民がその言に従ってシーサーを設置したところ火事は発生しなくなったというものである。なお、この時に設けられたシーサーは現存しており、現存最古のものとされる。

 

 

一般家庭各戸の屋根の上に設置されるようになったのは、一般庶民の民家に瓦葺きが許されるようになった明治以降なのだそうです。

 

 

がおー。

 

一般的に口の開いたシーサーが雄で向かって右側に置き、福を招き入れ、口を閉じたシーサー左側に置き、あらゆる災難を家に入れないとされているが、口の開け閉めによる雄雌の区別には議論があるという。

 

沖縄の場合は単体で屋根に乗っていたりすることも多いですね。

 

 

あうん。

 

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◆沖縄(琉球)を代表する文化遺産・文化財もある!?

 

先ほどチラッと紹介された、現存最古のシーサーは沖縄県指定有形文化財に指定されているそうです。1689年のシーサーが残ってるなんてスゴイですね。今年でちょうど、330年ものです!

 

330年モノのシーサーがこちら!

 

 

富盛のシーサー(ともりのシーサー)沖縄県島尻郡八重瀬町富盛(勢理城)にある石獅子

 

◆沖縄(琉球)には9つの世界遺産がある!

 

以下、沖縄にある世界遺産を一般の人気順に9個並べています。その中でも私が実際に行った中で、とびきり素敵だったところについては詳細を記載します。

 

【沖縄の世界遺産】 ①首里城跡 ②斎場御嶽 ③今帰仁城跡 ④識名園 ⑤玉陵 ⑥座喜味城跡 ⑦中城城跡 ⑧園比屋武御嶽石門 ⑨勝連城跡
 
 

①首里城跡

画像:2011年4月撮影

 

とても見ごたえのある建築物です。近隣の「首里そば」も美味しいですよ。

 

沖縄の文化と歴史を象徴する建造物として、多くの環境客が訪れる首里城琉球王国時代の歴史を物語る文化遺産として保存されています。中国と日本の築城文化を融合させた建築方式が見られる首里城は、文化的価値が高い建造物であるとされています。

那覇空港から首里城へアクセスする場合、モノレールを利用すると便利です。ゆいレールを利用し、首里駅下車後、徒歩15分ほどで到着します。

 

首里城は沖縄の衣装を着て写真撮影ができるスポットでもあります。

 

「首里城」の公式サイトはこちら(外部リンク)↓

首里城 ‐ 琉球王国の栄華を物語る 世界遺産 首里城
首里城は、琉球王国の幾多の興亡を伝える歴史の証人。 琉球の島々を治め、中国、日本、朝鮮、東南アジアの国々と外交、貿易を展開した首里王府の司令塔として、王とその家族等が住み、華麗な王朝文化に彩られた空間でした。

 

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女の子は首里城では沖縄の民族衣装が着られて写真撮影ができるので楽しいかもしれません。

 

 

②斎場御嶽(せいふぁうたき)

画像:2011年4月撮影

 

説明にあるように、斎場御嶽はとても神聖なところです。精霊が出てきそうです(笑)。

 

琉球王国のグスク及び関連遺産群として登録されている斎場御嶽は、琉球王国内でも最高の聖地として人々に信仰されてきました。

開場時間は9時から18時となっており、那覇空港から車で約1時間の場所にあります。路線バスを利用する場合は、斎場御嶽バス停を降車すると便利です。

 

「斎場御嶽」の公式サイトはこちら(外部リンク)↓

世界文化遺産 斎場御嶽(せーふぁうたき)
海と緑と光あふれる南城市 沖縄県南城市の公式webサイトです|世界文化遺産 斎場御嶽(せーふぁうたき)

 

ですが、人気があるスポットである割にそこまで広くはないので、人が混雑するシーズン、時間帯に行くのはおすすめしないかもしれません。斎場御嶽観光の最大の価値と言ってもいい「精霊が出てきそうな神聖な空気」が混んでいると全く感じられない恐れがあります。

 

 

③今帰仁城跡(なきじんじょうあと)

画像:2019年1月撮影

 

ちょっとした散歩にはちょうどいい歩き甲斐のある広さの世界遺産となっています。石畳の上り階段が多いため、間違ってもヒールの高い靴ではいかない方がいいです。

 

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←ヒールで行ってしまった人

 

今帰仁城(別名北山城)は、琉球が中山に統一される前の「三山鼎立時代」には山北(北山)王の居城とし、また中山が三山を統一後には琉球王府から派遣された監守という役人の居城でした。

外郭を含めると7つの郭からなり、その面積は首里城とほぼ同規模で、城を囲む石垣は地形を巧みに利用し曲線を描き、城壁のディテールは美しく、沖縄屈指の名城です。

2000年12月に開催された第24回世界遺産委員会で、琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産リストに登録されました。また、平成18年には公益財団法人日本城郭協会により、日本100名城にも選定されました。

引用元:世界遺産今帰仁城跡

 

 

 

画像:2019年1月撮影

 

「今帰仁城跡」の公式サイトはこちら(外部リンク)↓

世界遺産 今帰仁城跡(公式サイト)
今帰仁城跡とは、沖縄本島の北部、本部半島にある歴史的なグスクです。世界遺産にも登録されたグスクは、沖縄県の県庁所在地である那覇市から車で約1時間30分の距離にあります。

 

上まで上がると、大変見晴らしの良い沖縄の眺望が迎えてくれます。今帰仁城跡海と空と大地の神様にご挨拶が出来そうなスポットとなっています。

 

 

④識名園(しきなえん)

画像:2019年1月撮影

 

とても品のいい庭園といった雰囲気で、ゆったりお話をしながらご夫婦やカップルで散歩をするにはとてもいい空間です。写真の中にある建物の内部にも入ることができ、沖縄の建物で暮らしたような気分も味わうことができます。(迎賓館のような扱いの建物であるため庶民の住宅ではありませんが)

 

画像:2019年1月撮影

 

識名園は沖縄県那覇市識名にある琉球庭園の一つ。識名の御殿(しちなぬうどぅん)とも、また首里城の南にあることから南苑(なんえん)とも呼ばれた。完成は尚温の時代の1799年。

中国の様式と沖縄独自の様式の折衷様式で建築されている。完成当時は中国皇帝からの使者(冊封使)をもてなす、現在でいう迎賓館として使われた。第二次世界大戦で園内のほとんどの建造物が破壊されたため、現在見られるものは復元(工期:1975~1995年)である。

1941年、国の名勝に指定され、戦禍で壊滅後、1976年に再指定。2000年には国の特別名勝に指定され、同年12月にユネスコの世界遺産に登録。

引用元:Wikipedia

 

「識名園」の公式サイトはこちら(外部リンク)↓

識名園

 

沖縄の美しい風景と独特の樹林に囲まれた庭の散歩がゆったりできる、豊かな時間を得られそうなスポットです。

 

 

⑤玉陵(たまうどぅん)

 

とても他の城跡の世界遺産に比べ、主観ですが何か圧倒される見ごたえがあるスポットなので、私は好きでした。

 

玉陵は1501年、尚真王が父である尚円王の遺骨を埋葬するために築いた遺跡です。
2000年に琉球王国のグスク及び関連遺産群として登録されました。

玉陵にアクセスするためには、那覇空港からゆいレールを使い、首里駅で降車すると便利です。首里駅を下車後、徒歩15分程度で玉陵に到着します。

 

「玉陵」の公式サイトはこちら(外部リンク)↓

玉陵

 

玉陵は異空間にしばし思いを馳せられる空間となっています。

 

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◆沖縄(琉球)の世界遺産を超える感動スポット「ガンガラーの谷」

 

正直、世界遺産よりも個人的には「ガンガラーの谷」が一番感動しました…。だったら、こっち先に紹介しろよ!という感じなのですが(笑)

 

画像:2019年1月撮影

 

ツアー嫌いも絶対楽しい!大自然探検ツアー

 

 

画像:2019年1月撮影

 

ざっとご紹介すると、沖縄の大自然を探検するツアーに参加できます。かなり凝縮されたプチトレッキングツアーという感じです。

 

「ガンガラーの谷」の公式サイトはこちら(外部リンク)↓

ガンガラーの谷
ガンガラーの谷は、数十万年前までは鍾乳洞だった場所が崩れてできた、手つかずの自然が残る亜熱帯の森。約1万8000年前に生きていた「港川人」の居住区としての可能性も高く、今も発掘調査が行われ、「自然」や「命」に思いを巡らせながら体感していただくことをコンセプトにしています。谷の広さは約14500坪、歩行距離は約1㎞。足を

 

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満足度200点満点!

「ガンガラーの谷」の詳細レポートはこちら↓

沖縄ガンガラーの谷ツアー要予約口コミの穴場観光スポット!ケイブカフェ!
沖縄本島での楽しみ方は色々ですが、せっかくはるばる来たのだし、ショッピングよりも沖縄の土地の独特の風景や大自然に触れたい!という方に穴場のおしゃれスポット「ガンガラーの谷」「ケイブカフェ」を是非お勧めしたいと思います。

 

◆お土産に大人気!昔の沖縄(琉球)の文化の化粧品「くちゃパック」とは??違いは?

 

沖縄クチャとは??

 

沖縄のクチャは、第三紀鮮新生代(約500年前)に大陸の泥が流入して沖縄の海に蓄積、その土が火山活動で隆起(島尻層)した「海成堆積物」です。

 

古代の海底泥ってこと?

 

 

簡単に言うと、クチャとは沖縄で天然成分の泥という意味で、世界中で沖縄でしか取れないものだそうです。沖縄のクチャには地中海や死海の粘土と同様の性質があり、粒子が非常に細かいことが特長で、この細かい粒子が強い吸着性を発揮するのだとか。

 

また驚くことに、このクチャには微弱電流作用があり、血行や代謝を促進するただけでなく、この電気によって汚れが落ちる作用があるのだそう!!

 

クチャが汚れを取る原理は、毛穴の汚れなどのタンパク質はプラスの電気を帯びているのですがクチャはマイナスの電気を帯びています。

そのためマイナスのクチャを皮膚につけるとプラスの汚れだけが引き寄せられ、マイナスの肌の保湿成分は残ったままになります。

そしてクチャを取り除いた時に、プラスの電気を帯びた汚れだけが取り除かれることになるというのが原理です。

 

クチャは長い年月をかけて海底に堆積した海成堆積物のため、海洋生物の影響を受け、通常の粘土鉱物より、海洋ミネラルなどの栄養効果が高く、肌への効果としては、

 

①汚れを取り除く

②沢山のミネラルを与える

③くすみを取り、透明感を出す

④血行が促進され顔の筋肉を緩める効果がある

 

クチャ石鹸(通販だと700円前後)

 

ということで、注目されお土産として大人気なのも分かります。昔から沖縄の薬局にあったクチャ石鹸や洗髪粉でしたが、高齢の沖縄の女性はクチャがいい!とずっと愛用している人が多いそうです。

 

沖縄の薬局に行くとクチャの粉が100g300円位の箱に入って売っていますが、ネットで買うと地元で買える商品は売っておらずちょっと高めでおしゃれなものしかありません。さらに沖縄からだと送料が高いんですよね・・。

 

本土で手に入れようとするとかなり価格に違いが!!

 

クチャパック(通販だと900円前後)

 

クチャそのものは那覇市の公設市場あたりで今も売られており、愛用しているオバァたちも多いそうです。価格は200~300円とのこと。

 

沖縄現地で買うとお得かも!?

 

 

現在、女性でも薄毛の問題が深刻になってきていますが、沖縄の女性はお年をめされても黒々とした艶のある美しい髪を持っている人が多いです。ちょっと気になる方は市販のシャンプーをやめてクチャを試してみるのもいいかもしれませんね。

 

◆沖縄(琉球)の衣食住文化体験ができる観光スポット「琉球村」

 

日程が限られていて、沖縄をまずザッと楽しみたいヤングや家族がいる旅行であれば、沖縄の風土感を1か所でダイジェストのように楽しめる「沖縄観光テーマパーク 琉球村」がおススメです。

ここのすばらしいところは雨天においても十分楽しめるように雨除けとなるドーム型の施設を備えているところ!

 

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意外と雨多いんです。沖縄。台風とかねw

 

 

沖縄料理はもちろん、沖縄衣装を着ることができたり、エイサーをはじめとした民謡・芸能に触れることができたり、沖縄の民家も敷地内にあります。

 

 

 

沖縄を体験できるプランも充実しており、手びねりシーサー作りサーターアンダギーの調理体験三味線の演奏体験黒糖づくり体験などかなり盛沢山!

もちろん、お土産も充実しています。

 

所在地 沖縄県国頭郡恩納村山田1130

 

「琉球村」公式サイトはこちら(外部リンク)↓

沖縄観光は琉球村
沖縄観光は琉球村へ!琉球村は沖縄の文化・芸能・自然を見て体感できるテーマパークです。

 

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入場料金大人1,200円(記事作成時)は安すぎる!!※2019年10月1日~1,500円

 

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◆沖縄(琉球)文化のエイサーは見るより一緒に踊る方が面白い!?画像

 

琉球村では毎日、広場でエイサーの演舞が見られるそうです。

 

 

とにかく太鼓の音がかっこいい!!

 

 

踊りは踊ってこそ!

 

演舞の最後には、見ていた観客も参加できるカチャーシーが必ずあります。

 

カチャーシーとは、沖縄でお目出度い宴のおひらきで、必ずと言っていい程踊られる沖縄独特のフリースタイルの踊りです。

 

とても簡単なので踊っちゃおう!!

 

那覇でおすすめのステーキ店『ジャッキーステーキハウス』のお話こちら↓

沖縄那覇なら有名人芸能人も通う老舗店『ジャッキーステーキハウス』画像
沖縄に行ったら是非寄りたい食べ物屋さんのひとつ、「ジャッキーステーキハウス」は沖縄がアメリカの支配下だった時代から美味しいステーキを地元民に提供してきた、沖縄のステーキハウスの老舗です。

 

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それでは、んじちゃーびら(さようなら)

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ギラギラしたいっ!

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