中川昭一G7泥酔会見~暗殺理由!罠と真相に麻生太郎・安倍晋三は?

今回は日本の国益のために闘った中川昭一さんが亡くなって早10年ということで、その活躍と思い、議員として失脚の原因となったG7会議後の酩酊会見の裏側とその後の謎の死、亡くなった原因や関係について改めてまとめました。

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◆中川昭一議員が国際会議であり得ないもうろう泥酔会見が国際放送で流れる 動画

 

2009年2月14日、イタリア・ローマで開催された G7財務大臣・中央銀行総裁会議に出席していた中川昭一氏は会議終了後の共同記者会見に日本銀行総裁・白川方明氏と財務官・篠原尚之氏と共に挑みました。

 

 

その際にあろうことか、中川昭一氏完全な酩酊状態であり、呂律も回らず目もうつろであくびまで出る状況に加え「共同宣言みたいなものが出ました」などと不明瞭な発言をするなどの考えられないような異常事態でした。それをを国際放送でさらされ、国内のマスメディアにも「深酒居眠り会見」などと報じられることになりました。

 

中川財務相、G7会見で迷言 泥酔

 

この会見において、他国の関係者への影響があるのならともかく、関わるのは日本銀行総裁・白川方明氏と財務官・篠原尚之氏という国内の人員だけだったことから、なぜ会見の時間を変更しなかったのか、何故止めなかったのかということが後に話題となりました。

 

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◆中川昭一議員の日本帰国後の公式弁明

 

帰国後の中川昭一氏の弁明はこうでした。まず、事の大きさが分かったのは日本での報道を見た後で、中川昭一さんご本人も会見当時の事を良く分かっていなかったようです。判断能力が殆ど欠如している状態での会見だったことが分かります。

 


画像:newspicks.com

 

「(問題となった会見前にワインを)飲んだのをごっくんということであれば、ごっくんはしておりません。たしなんでいるんです。グラス一杯飲んでおりません
引用元:Wikipedia

 

グラス一杯飲んでいない?

 

そして酩酊会見の原因となったのは、イタリアへ向かう飛行機の中で飲んだ抗ヒスタミン作用を含む総合感冒薬とアルコールの同時摂取によるもの又は風邪薬の大量服用によるものという説明がなされました。

 

 

◆中川昭一に対するマスコミの捏造記事「バチカン美術館」報道 画像

 

G7の「朦朧会見」直後に中川昭一氏らがおよそ2時間訪れたとされるバチカン美術館でも中川昭一氏が美術品に触れたり、柵を越えて警報を鳴らす、彫像・ラオコーン像の台座に座る等の迷惑行動をとっていたことがマスコミによって報道されました。

 


画像:バチカン美術館

 

バチカン美術館でも迷惑行為の報道。

 

しかし、本人である中川昭一氏はこれを否定します。

 


画像:https://blog.goo.ne.jp/making99/e/1a24cc6692a62a66f6138c9b47bf4d3a

 

(博物館を)案内してもらい、つつがなく終わったと思っていたらあの報道。(バチカン側も)全く警報機も鳴っていないし、私に注意もしていないとお怒りになっている
引用元:2009年3月14日 日本経済新聞

 

また、中川昭一氏に同行した神父の和田誠氏は最も中川昭一さんの傍で同行されたようですが、報道されているような非常識行為は一切なく、そもそも中川昭一さんからお酒の匂いは一切しなかったと語っています。そして、言葉もはっきりしていたそうです。

 


画像:yahooニュース

 

お酒の匂いも一切しなかった。

 

和田によると、中川から酒のにおいはせず(和田は酒が苦手なため、匂いには敏感であると述べている)(中略)
和田は、日本のマスコミに対して「中川の行動に非常識な点は無かった。あれは間違いであると繰り返し抗議したが徹底的に無視された」と抗議した
引用元:「正論」平成21年5月号

 

「バチカン神父が見た“あの日”の大臣」の内容はこちら
これだけの内容でも相当、国内の報道だけでも事実が捻じ曲げられている印象がします。

 

◆中川昭一議員、財務・金融担当大臣辞任へ 画像

 

帰国後、暫くして中川昭一さんは予算関連法案が衆議院通過後にけじめとして直ちに辞表を提出する旨を発表し、すぐにでも病院への通院をしながら回復に努めつつ全うしていくという気持ちを併せて伝えています。

 


画像:https://plaza.rakuten.co.jp/sunaolabo/diary/200902180000/

 

財務大臣・金融担当大臣を辞任。

 

予算案審議中に財務相が辞任する意向を出すこと自体が異例(初)とマスコミも書き殴ります。中川昭一さんの会見での言葉は以下のようなものでした。

 

総理、国民の皆様、関係各位に多大なご迷惑をおかけしたことをお詫びを申し上げると同時に私自身、残された日々、職務を全力を尽くして果たしていく決意でございます。
引用:会見内容より

 

これが、事実上中川昭一氏が以後の活躍の場を絶たれ、政治家として失脚したという場面だと思います。

 

◆中川昭一議員の「失脚」までの政治活動 画像

 

ここで一旦、中川昭一氏の失脚までの間の政治家としての活躍を振り返ってみたいと思います。

 


画像:twitter

 

基本指針はすべて「日本の独立自衛」を目指す活動へ繋がっていました。従って、いつまでもアメリカの傘の下に守ってってもらうことと引き換えに従属国としての負担の多い立場を日本が我慢し続けるわけではない、と日本がアメリカから脱却していくことを目指していました。

 

特記すべき事項としては、金融政策において
IMF主導による基軸通貨や米国債の購入に対して否定的
でした。

 


画像:twitter

 

リーマンショック後の金融恐慌に際し、日本へ国債を買うことを強要してきたアメリカに、中川昭一氏は「自分たちのツケを日本に回すな。」とG7会議の場で発言していたそうです。

 

1983年 衆議院議員初当選~連続8回当選
1989年 農林水産政務次官
1998年 農林水産大臣<小渕内閣>
2003年 経済産業大臣、農林水産大臣<第1次-3次小泉内閣>
2006年 自民党政調会長<第1次安倍内閣>
2008年 財務大臣兼内閣府特命担当大臣(金融担当)<麻生内閣>
2009年 G7の財務大臣・中央銀行総裁会議出席
2009年 第45回衆議院議員総選挙が行われ落選(民主党大勝)

 

もともと東大法学部卒業後の1978年から日本興業銀行に約5年務めていた中川昭一さんでしたが、政界入りには既に衆議院議員として活躍していた父親の中川一郎氏の急逝があったようです。

 

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◆中川昭一の父親・中川一郎も不審死を遂げていた自殺だという元側近秘書の鈴木宗男とソ連スパイの三浦甲子二の話 画像

 

1983年1月、自民党衆議院議員として現職だった中川昭一氏の父親である中川一郎氏も実は札幌のホテルで自殺か他殺か分からない不審な死を遂げています発見者は中川昭一さんの母親である貞子さんでした。

 


画像:amazon

 

当初死因は「急性心筋梗塞」と発表されたが、2日後に「自殺」に訂正された。
引用元:Wikipedia

 

そしてのちに中川一郎氏の側近秘書だった鈴木宗男氏が中川一郎氏の死について「餞別」として100万円受け取ったことを福田赳夫氏に追及されたことが原因での自殺と証言したかと思うと、ソ連のスパイであり、テレビ朝日専務だった三浦甲子二さんの話としてこのような話も浮上したようです。

 


画像:livedoorニュース

 

「中川は明らかに他殺だ。CIAの手先に消された」と記されていたことが明らかになっている。ほか、「鈴木はCIAと結託して中川を収賄疑惑に引き込んだ」との記述も確認されている

引用元:Wikipedia

 

その他にももろもろ中川一郎氏の死の原因とされる諸説があり、結局のところは現在においてもその死の理由は分かっていないそうです。

 

◆中川昭一議員の不自然なまでの2009年G7後の酩酊会見は財務官僚によるワナだった!? 黒幕は?画像

 

色々と事実が繋がってくることになったのは、中川昭一さんが急逝された後の事だったようですが、2009年のG7財務大臣・中央銀行総裁会議後の不自然なまでの酩酊状態にはいくつかの謎がありました。

 


画像:https://blogs.yahoo.co.jp/naomi_shararan1998/56733411.html

 

不自然な酩酊状態に対する謎

●そもそも中川昭一さんはグラス1杯未満しかワインを飲んでいない
●あそこまでの酩酊状態に対し、日本側の官僚が誰も止めずに会見が実行された
●直後のバチカン美術館ではお酒の匂いもせず、意識も明確

 

明らかに不自然な事実が並びます。そして、のちにひとつの疑惑として『世界権力者人物図鑑』(副島隆彦氏著)によってその内容がより具体的に知られることとなりました。

 


画像:https://ameblo.jp/hirokane604/entry-10469743958.html

 

中川昭一さんはG7の会議の場でアメリカの国債購入を拒絶しただけでなく、アメリカからの資金援助要請に対し、米国の金融ギャンブル投機への強い批判やドル円の為替に対する問題についてもアメリカに対し注文を付けたということが分かっています。

 

そうした発言によってアメリカの金融筋から「消される」命令が出されたという話です。その命令を出したとされる「金融筋」とはこの人たちだと言われています。

 


画像:jp.reuters.com

 

証券大手ゴールドマン・サックス出身(社長兼最高執行責任者)で2007年には証券会社大手メリルリンチ新最高経営責任者(CEO)となったジョン・セイン氏。

 

セインの親友である東芝会長・西浦泰三が「陣頭指揮」を取り、中川の「ワインに薬を混入させる事で、演出された」

引用元:https://senmaya.at.webry.info/200903/article_3.html

 

そして、もう一人名前が挙げられ、具体的に人物が分かっている人がいます。

 


画像:forbesjapan.com

 

世界銀行総裁のロバート・ゼーリック氏。

 

ここで、会見の前の昼食会に中川昭一さんと同席した女性の存在が浮かび上がってきます。中川昭一さんは彼女たちと共にグラス1杯未満のワインをたしなんだ後、30分の休憩をはさみ、その後に向かった会見があの酩酊会見でした。どう考えても、あまりにも異常な急変です。

女性にワインへ薬を盛られたのが濃厚ということが現在で言われている事です。

 

 

◆中川昭一議員がもうろう会見となった真相に直前の昼食会で酒を勧めた美女の3名存在?ハニートラップ? 場所は?黒幕と関係図画像

 

中川昭一さんは宿泊先のザ・ウェスティン・エクチェルシオール・ローマ1階のレストラン「ドネイ」で昼食会に出席しています。

 

直後には「讀賣経済部のEさん」として人物がほぼ特定されていた女性は、読売新聞経済部の越前屋知子記者と日本テレビの原聡子アナウンサーという女性だと言われています。

 


画像:ツイセーブ

 

「面白いことが起きるわよ。」

 

越後谷氏は財務大臣会見の前に「面白いことが起きるわよ」と同業者に触れ回っていたそうです。

 

日本テレビの原聡子アナウンサーは数年後からまたテレビに出始めたという話ですから、何故誰もこの件について追及をしないのかが不思議な状態です。

 


画像:https://blog.goo.ne.jp/j4goocast/e/b2b91dda0c979652e58d417f7d4127b7

 

両女性共に「読売系」。
なぜならCIAと何か関係があるからということらしい。

 

読売新聞の父「正力松太郎」氏がCIAの協力者であったことは、アメリカの公式文書から明らかになっており、以来読売グループ(日本テレビを含む)とCIAは何らかの協力関係にあるとされています。

引用元:http://good-nuts.hatenablog.com/entry/2018/04/25/174439

 

中川昭一さんと昼食会に同席したのは玉木林太郎財務省国際局長越前屋知子記者原聡子アナウンサー、ほか二名として、その一人にブルームバーグ日本の下土井京子記者だそうです。玉木林太郎財務省国際局長はのちにその場にいた人についてこのように答えています。

 

中川大臣の秘書官、読売新聞東京本社経済部の女性記者、イタリア人通訳及び大臣の友人であると衆議院予算委員会において証言している

引用元:Wikipedia

 

そして、世界銀行総裁のロバート・ゼーリック氏からの命令で(東芝会長・西浦泰三氏の指揮により)ワインに一服盛ったとされている財務省官僚の玉木林太郎国際金融局長(後に財務省財務官に大抜擢)がこちら。

 


画像:http://deliciousicecoffee.jp/img/20120626AYpQ90KR/

 

最後に、もうろう状態の中川昭一大臣を無理やり記者会見に引っ張り出させた財務省官僚はナント素知らぬ顔で横に座っていた篠原尚之財務官だというのです。(後にIMF専務副理事となる)

 


画像:http://toyonakasimin.ldblog.jp/archives/51329463.html

 

完全に敵に取り囲まれていた構図の中川昭一さん。そして、薬を盛られた後の事理弁識能力すらあやうい、朦朧状態で無理矢理IMFへの10兆円の協定書にも合意させられていたようです。

 

中川財務相はG7財務相・中央銀行総裁会議中のホテルで意識もうろう状態で米国のIMFに1000億ドル=10兆円貢ぐ協定書にサインさせられた。

引用元:http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=286057&g=131207

 

事件に関わる関係者が多いので、『前財務大臣・中川昭一潰しの「黒幕」』『世界権力者人物図鑑』を参考に図解しました。

 

 

こ、こ、これって・・・。

しかし、元々は米国からの100兆円拠出要求だったものを、朦朧状態でのサインでありながらも10分の1の10兆円規模のIMF拠出に抑えられた功績という見方もあるようです。

 

ローマでゼーリック世界銀行総裁の執拗な残り90兆円の追加要求を最後まで中川昭一氏が拒否したのだろうと語られています。ローマG7の開催中には、ゼーリックと中川昭一氏が個別会談している事実があったようで、そこから推察できることのようです。

 

国際政治評論家の浜田和幸氏によれば、福田首相(清和会には珍しく対CIA面従腹背政治家)の突然の辞任の真相は、米国金融危機の救済に、われわれ日本国民の残り少ない虎の子資産から100兆円規模の米国債購入を強要され断ったからとのことです。

引用元:http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=216772

 

脅しに屈することのなかった中川元財務大臣。

 


画像:http://seizi1995.blog.fc2.com/blog-category-18.html

 

その英雄の姿が、日本ではあの酩酊会見でのありえない醜態という映像により世界中へさらされる形で放送され、泥まみれにされてしまったのでした。本当にメディアというものは価値観を支配してしまうのですから恐ろしいです。

 

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◆中川昭一議員の衆議院議員選挙落選による失脚と不自然な死の真相について死因は? 画像

 

その後、あらゆる国内のメディア報道でG7での醜態バチカン美術館での捏造報道をさらされた中川昭一さんは、同年2009年8月に行われた第45回衆議院議員総選挙にて、再選を目指し謝罪回りに奔走しましたが初当選以来連続当選していたにもかかわらず、無念にも落選してしまいます。

 


画像:www.asahi.com

 

地元、十勝で陳謝する中川昭一元議員。

 

みなさまのご期待に沿えず、十勝の代表として国政で引き続き仕事をすることができなくなりました。26年間、父親の時から合計して46年間皆様方に支えて頂きましたが、こういう結果、ひとえに私の責任。ひとえに私の責任として申し訳なく思っております。

引用元:www.asahi.com

 

中川昭一さんの選挙活動には盟友である麻生太郎氏や安倍晋三氏も駆けつけて応援をしていました。落選後の会見においても、次へ向けての希望を絶やさず、気丈な態度を決して変えませんでした。

 


画像:www.asahi.com

 

地元支持者に謝り続ける中川昭一元議員。

 

私には何の力もなくなったが、みなさんにご恩返しをしたい。

引用元:Wikipedia

 

これだけ政治家としての再起に対する情熱がありながら、2009年10月4日の朝、中川昭一さんは自宅のある世田谷区の私邸二階の寝室で倒れているところを夫人に発見されます。死亡推定時刻は前日の10月3日とされました。

 


画像:https://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12409480801.html

 

56歳での急逝。

死因は急性心筋梗塞と説明されていたという事ですが実際の死因の特定は行政解剖の結果待ちということになったようです。

 

日本の公安関係者の証言によると、捜査当局が司法解剖の結果、「死因不特定」を発表することは、公安の世界では、暗殺を示唆するものとみなされるそうだ。

引用元:https://amor1029.exblog.jp/12625931/

 

暗殺された可能性が浮上。

 


画像:https://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12409480801.html

 

中川昭一さんの葬儀の祭壇には、天皇陛下からの祭粢料(さいしりょう)もありました。10月3日付で中川昭一さんに対する正三位および旭日大綬章の追贈もされました。

 

そして、忘れてはならないのが、中川昭一さんが亡くなった10月3日からたった4日後の2009年10月7日、あの悪夢の始まりであるG7の会議に同行した官僚たちである財務省の篠原尚之財務官がIMF(国際通貨基金)の副専務理事に大抜擢されたことが分かります。また、篠原尚之財務官の後任財務官として、玉木林太郎国際局長が抜擢されていました。

 

 

◆中川昭一議員は殺されたかもしれないという話と暗殺理由 画像

 

G7後の朦朧会見を実現させたことで、中川昭一氏は失脚し、中川昭一氏を陥れた人々は殆どの目的を「達成」したかに見えました。既に中川昭一氏は議員選挙にも落選していましたし、完全に手足を奪われた状態の再起不能に近い人物に対し、「暗殺」だとすれば、どうしてさらに命まで奪わなくてはならなかったのか。

 


画像:forbesjapan.com

 

ひとつは、日本の100億円規模のアメリカ国債購入を渋り、10兆円のIMFへの資金協力に値切った形で決着をつけた中川昭一氏が、さらにそれを現金ではなく、外貨の米国債を処分して捻出する方針を表明したこと。

 

そして、日本保有のアメリカ国債が日本の手元にはなく、米国に管理されている実態を暴露してしまったことが大きかったのではないかと言われています。

 


画像:http://ilovetoritani.seesaa.net/article/144633141.html

 

ローマG7後に日本人2人が約13兆円分もの米国債をイタリアからスイスに持ち出そうとして拘束された事件についても、日本政府が米国債をこっそり売却しようとしていたのではないか、中川昭一さんが国益を守るために絡んでいたのではないかとも言われています。

 

なにかにつけ、アメリカにとって邪魔な相手。

 

米国にとって許し難いもので、財務相経験者から「中川は大丈夫か?」と いう心配の声があがっていたようだ。

引用元:https://amor1029.exblog.jp/12625931/

 

その通り、中川昭一氏が亡くなった後には財務省内の少数の官僚たちの主導でアメリカ側の望み通り、IMFへの10兆円は現金での提供という形にいつの間にかなっていたそうです。

 

色々とそれらの日米交渉の裏側や経緯を知っている中川昭一氏の存在が、アメリカ側やそこへ関与した立場の人間にとって引き続き脅威であることは変わらず、口を封じるのには失脚している時が一番自然に実行できるタイミングだったのではないかとも言われています。

 

 

◆中川昭一議員の死因から暗殺には血栓を引き起こすポロニウム210が用いられた可能性が高い!? ほかにもたくさん殺されている?画像

 

米国に逆らった政治家は、これまでも失脚・殺害されてきた人が多いと言われています。中川昭一さんの死因について、共同通信の報道では、行政解剖によって遺体からアルコールの成分が検出されたこと、不眠を訴えて睡眠薬も服用していたこと、死因に循環器系の持病の可能性があるという話があったそうです。

 


画像:https://matome.naver.jp

 

しかし、調べていくと死因が警察発表のような睡眠薬使用循環器系の持病による可能性は薄いとする意見も出てきました。なぜなら、亡くなる1週間前にあたる9月26日の環境フォーラムでは中川昭一さんは終始笑顔で元気な様子だったそうで、いつものように茶目っ気たっぷりの様子でこんな話もされていたそうです。

 

無職の中川です。選挙は負けると覚悟していた。4年間は無職なのでいろいろ勉強します。家計が苦しいから、何でもやるよ。

引用元:http://www.yamamotomasaki.com/archives/228

 

従って、中川昭一さんが死亡する1週間前の時点では元気で、以後、死亡直前の数日になり、じわじわと体調が悪くなっていった様子を示す情報があります。

 

10月2日 風邪でインフルエンザの可能性があると地元紙主催のパーティを欠席
10月3日 女子プロテニスの試合観戦を約束していた友人の迎えを体調不良でキャンセル
10月3日 午前中から午後9:00に妻が様子を見た時にも寝たきり

 

このような症状は警察の発表にあったような睡眠薬使用や循環器系の持病による可能性は薄いということなのです。

 


画像:https://ameblo.jp/ameba20091/entry-12498295421.html

 

そして、ではこのような症状を引き起こすものはなにか?という話になるわけですが、世界中の諜報機関の手に渡っているとされている「放射性物質ポロニウム」の摂取による体内被曝から生じる多機能不全である可能性が極めて高いという話が出てきました。

 

ボロニウムは、ウランの100億倍の放射能強度があり、ほんの微量で相手を死に至らしめることができるのだが、摂取後から時間をかけて悪化していくため、暗殺目的で使用される物質である。

引用元:http://www.yamamotomasaki.com/archives/228

 

2006年にもポロニウムを使った「リトビネンコ事件」という暗殺事件が起こっているそうです。被害者の尿から猛毒のポロニウム210の成分が検出されたことで発覚したそうなので、これが原因となれば、日本の警察も公表をしていないだけで事実を持っている可能性も浮上してきます。

 


画像:産経新聞

 

また、この事件の時には被害者である元ロシア連邦保安庁中佐、リトビネンコ氏がロニウムを摂取されたと思われる日から亡くなるまでに22日経過しています。さらに、同様の亡くなり方をしている方は他にもいました。

 

◆田中角栄元首相、1985年2月27日に脳梗塞発症、1993年12月16日死去
◆小渕恵三首相、2000年4月1日に脳梗塞発症、5月14日に死去
◆橋本龍太郎元首相、2006年6月4日に腹痛で入院、5日手術、7月1日死去
◆ヤセル=アラファトPLO議長、2004年10月27日に議長府で様態急変、11月11日死去。死因は不明で、毒殺・エイズなど諸説あり。
◆アリエル=シャロンイスラエル首相、2005年12月18日に軽い脳卒中、2006年1月4日に重度の脳卒中発症し脳死状態

引用元:https://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/2793a19780dd352427559469ec3e8325

 

ポロニウム210はポーランド出身のノーベル物理・化学賞受賞のキュリー夫人が1898年に発見した放射性物質であり、政敵を毒殺する風習が古くからあるとされているロシアで作られていることが分かっているようです。

 


画像:https://matome.naver.jp/

 

サセックス大学のドムベイ名誉教授の研究成果から、殺害の「凶器」ポロニウム210は、大変レアで致死量を製造できるのは核兵器を製造するロシア西部の核閉鎖都市で、ロシア政府の管理下で製造されたことを突き止めた。

引用元:産経新聞

 

そして、アングロサクソン・ユダヤ金融資本の世界支配戦略にとって有益ではない活動をする、彼らにとって有害な人物も重要な時期に同じ死因で都合良く急死することが続いたとみられていることから、世界中にこのポロニウム210は流通しているとみてよさそうです。突然血栓を起こし、血が回らなくなる作用があるようです。

 

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◆中川昭一議員と仲良しすぎる盟友・麻生太郎議員、安倍晋三議員の 画像と、弔辞

 

中川昭一さんと麻生太郎さんは残っている写真にも、まるで学校の同級生のように仲睦まじく心を通わせて交流していたことが分かります。中川昭一さんが失脚したのもちょうど麻生内閣財務大臣兼内閣府特命担当大臣(金融担当)の職に就いているときでした。

 

志を共にする友に恥ずかしくないよう、本気で最高の仕事をやるんだ!という中川昭一さんの熱い気持ちが、逆に危険に対する嗅覚を鈍らせた可能性もあると思うと、本当に残された友も無念だったろうと思います。

 


画像:https://matome.naver.jp

 

とにかく仲良し(笑)。

 

麻生内閣を実現させようと前年から、保守派の議員で集まる勉強会「真・保守政策研究会」を設立するためのまとめ役として活躍していたのは中川昭一さんでした。この活動が自民党総裁選で麻生内閣の誕生を前年から後押ししていました。

 


画像:https://matome.naver.jp

 

盟友と共に闘える貴重な時間。

 

中川昭一さんの酩酊会見からの辞任の意向の報告にあたり、麻生太郎さんは盟友の失脚に対し、最後まで信じた友と「分かち合う」姿勢を精一杯言葉にして述べています。

 

首相は「閣僚に任命した責任は当然私にある」と任命責任を認めたが、前財務相は能力の問題ではなく健康問題が原因で辞任したと側近だった中川前財務相を擁護する場面も見られた。

引用元:afpbb.com

 

国を守るために様々な形で勉強を重ね、闘志を燃やし、実現させてきたことを一番近くで知っていた友人である麻生太郎さんは、自身の内閣の時に盟友の失脚と自民党の転落を経験し、さらに盟友を失い、とても苦しい思いをされた2009年でした。

 


画像:https://matome.naver.jp

 

今となっては中川昭一さんや麻生太郎さん、安倍晋三さんがこんなに和気あいあいと過ごされていた時間が、とても貴重なものと思えます。

 

 

安倍晋三さんも今ではなかなか見られないほど柔らかな表情です。安倍晋三さんは中川昭一さんの葬儀でこのような弔辞を述べられました。

 

今日も、いつも通り“昭一さん”と呼ばせて頂きます。

昭一さんは常にリーダーだった。自虐的な歴史観を正し、子供たちが日本に生まれたことに誇りを持てる教育に変えたい一心で教科書問題にも取り組んだ。困難な問題に立ち向かい、世の中を変えていく戦う政治家の姿を学んだ。
最愛の奥様と夢だったエジプト旅行に来週出発すると聞いていた。
郁子さんは昭一さんとの幸せな日々を胸に、中川家を守っていくと思う

引用元:十勝毎日新聞 2009年10月9日

 

志を共に政治家として活躍してこられた中川昭一さんの早すぎる無念の死を悼む気持ちで安倍晋三さんも語り掛けていました。

 

「私たち同志が志を受け継ぎ、昭一さんが残した実は花を開かせる」

 

 

「保守再生のために安倍ちゃん頑張ろう。」

 

中川昭一さんがいつも安倍晋三さんにこう語りかけていた事、そして、自身の政権を失い、自民党までが惨敗するという失意の中で、もう一度、安倍晋三さんに立ち上がり力を与えたのは中川昭一さんの死闘があったからだと言われています。安倍晋三さんが拉致問題に注力するきっかけとなったのも元々は中川昭一さんの活動があったと言われています。

 

 

そして、最後はなんといっても中川昭一さんと兄弟のように仲が良かった麻生太郎さんの弔辞です。

 

昭ちゃん。まさかあなたの弔辞を13歳も年上の私が読むことになろうとは。(中略)
「政治家我が身無念と思えども、国の為なら本懐なり」

貴方にこの言葉を贈りたい。(中略)我々は、中川先生の遺志を継ぐ義務と責任がある。「死せる中川生ける保守を走らす」。これが貴方が最も望んでいることだろう。残された我々は、歯を食いしばって頑張る。
引用元:Wikipedia

 

中川昭一さんの志は無くなってもなお、盟友の心の中で生きて、ともに約束し描いた未来を実現するべく、炎をますます大きくさせていました。中川昭一さんを偲ぶ一周忌の会でも麻生太郎さんは声を大きく報道関係者へ向けこう叫んでいました。

 

麻生太郎さんは怒ったような口調で
「きちんと仕事をした人にはきちんとした評価をしてもらいたい!」

引用元:http://seizi1995.blog.fc2.com/blog-category-18.html

 

盟友は共に戦った友の尊厳をも必死で守ろうとしていました。中川昭一さんは亡くなられてしまいましたが、残したものはこれからの日本を強く支えていくだろうと感じた今回でした。

 

「死せる中川生ける保守を走らす」

 

松岡修造さんの元気が出る言葉はこちら!

熱い男・松岡修造の熱量に胸アツ!名言は宝塚家系の父母娘や嫁も!画像動画
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